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「気まぐれ日記」No.11 三条市体育館(2004/10/17)

[2006年07月29日]

 馬場さんのホームタウンの三条市に着く前から、気分が違って新潟体育館と違った緊張感を持って体育館に行きました。
緊張感の中にも今思えば、懐かしさを感じる体育館です。
三条は道路巾がせまく、大きな全日本プロレスのバスで市内を走るのはチョット大変でした。
一度、ホテルの手前の曲がり角で、和菓子屋さんだったと思いますが、バスが曲がる時にお店の屋根をバリバリと削ってしまいました。
バスはほとんど、事故なく全国を走っていたのですが、乗っている私達もビックリでした。

会場の雰囲気は、馬場さんの子供の時のお友達や、地元の人が手伝って下さったり、いつもより、アットホームな感じになります。入り口近くに椅子を持ち出し、早口でしゃべられると、チョットわからないですが、三条弁が飛びかい、不思議な事にどんな試合カードだったかより、会場や会場のまわりで何があったかの方を思い出します。
それだけ、三条は私にとってもチョットいつもと違った会場になっていたのでしょう。
まず、必ずお墓参りに行くのと、正面玄関から見ると、裏側の方にレストランがあったのですが、時々そこでインタビューを受けたりはいつもと変わらずで、よく街の中を案内してもらっていました。最初の頃(30年以上前)はまず、お友達のラーメン屋さんに行ったり、喫茶店でお茶を飲んだり、商店街を歩き、金物屋さんに寄って(三条は金物が物産です)お花のハサミや、爪切りを買ったりしました。今でも爪切りはあります。
又、子供の頃遊んでいた神社
ここで、三角ベースの野球(場所がせまいのでセカンドベースがないのです。
ファーストベースからサードに行き、ホームベースに帰る。これが三角ベースの野球)
この時のボールは布の手縫いのボールで、バットがないと棒で打ったりの野球や、缶けりしたりで、工夫して何でも遊びの道具にかえて、馬場さんも私も、同じ様な遊びを三条と明石でやっていた様です。

やはりホームタウンの体育館は、懐かしい子供の頃の思い出がいっぱいの体育館だと思います。
その三条市が7月13日の水害で、今もまだ大変です。
私の力ではどうしようも出来ないかもしれないのですが、小さな力でも長く続ける事が大切だと思い、まだ16文募金をやっています。
早く穏やかな日が来る事を祈っています。

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