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「気まぐれ日記」No.6 春になって・・・(2004/03/17)

[2006年07月29日]

 1月2月はアット云う間に過ぎていきました。でも、このアット云う間は私なりにイッパイ馬場さんの事を思い私の仕事をしました。

今年のお正月は久しぶりにハワイで過し、私のお誕生日もお友達がパーティーを開いてくださり、その時にお友達が、これは馬場さんからのプレゼントよ、と下さったとっても大きなビーズで手作りのハート。久しぶりに馬場さんからプレゼンされた気持ちになり、今の世の中は、お金を出せばどんな高価なものでも買えますが、心のこもったやさしいプレゼントはお金を出しても買えないと思います。この人達のやさしさが、今の私の心の支えになっています。

馬場さんのお誕生日は1月23日でしたが、この日は私にとっては今でも馬場さんのお誕生日で、今年も小さなケーキでお祝いしました。元気だと66歳です。

ハッピーバースディーを歌っていると、やはり最後になった病院でのバースディーを思い出します。ケーキを見せて歌を歌って、ICUの部屋を出る時に、私だけ呼びもどされナイショだぞと云われナイショ話をし、その後とっても嬉しそうな笑顔を今でも思い出します。 そして今は23日より1月31日の方がイロイロの方に集まって頂けるのですが、23日に、ソット今でもプレゼントを送って下さる方々には、感謝の気持ちでイッパイです。

私にとっては、1月23日のお誕生日プレゼントは続いています。今年のプレゼントは久しぶりにハートのデザインのネクタイにしました。

今、私達の七回忌の準備室になっている部屋の、馬場さんのフィギュアに、プレゼントのネクタイをしてもらっています。
来年の七回忌の前、1月23日のお誕生日が50回目のプレゼントになるので、今から何にしようか考えているのも、楽しみの1つになりました。

春になって

 七回忌の事を丁度1年前の今年の1月31日に発表しました。
私は、全日本プロレスの社長を引き受けたときから、30周年を迎え、パーティーをすると社長は引退します。そして、その次にする事は七回忌です。と云いつづけ、2年4ヶ月全日本プロレスの社長をやり、30周年で引退し、2004年の1月31日に七回忌の事を発表し、そして1年かけてイロイロな事を考えて企画し、手づくりの追善興行をしたいと思い、その様にまず、2005・2・5に日本武道館で七回忌追善興行を致しますと云う事を発表しました。

 最初は、天龍さんが全日本プロレスをやめる時に、馬場さんの七回忌までは頑張ってリングに上っていて下さい。と云っていたので2人で発表しようと思っていたら、新日本プロレスの坂口さんがぜひ協力したいと申し出があり、当日、渕君、川田君が会見場に来てくれました。

ただそれだけの事なのですが、新日本プロレスが取りしきるとか、1年も前に、七回忌を日本武道館で試合をする事を発表してとか、イロイロと書かれたり、言われたりしましたが、私は馬場さんの七回忌がしたい。馬場さんをもう一度思い出して下さい。それだけです。

イロイロの方の好意は素直に受けますし、何か出られない事情があるなら、それも仕方がない事です。ただ、長い年月、馬場さんが、云いつづけてきた事をリングの上でやれればいいですし、皆さんが協力して下されば嬉しいです。出来る範囲で出来る事をやりたい。そして、ファンの皆さんと一緒に馬場さんの話をしたい。これが、今の私の気持ちです。

 馬場さんがファンの皆さんがスポンサー、スポンサーはファンの皆様だ。って事をズ――と云われていたので、一番馬場さんが喜ばれ、安心される事を2005・2・5にはやりたいと思っています。
ファンの皆様があっての馬場さん、そして、それを支えて下さった、マスコミの皆様、レスラー、オフィスの方達、これを私は忘れているわけじゃありません。
何を云われても、何を書かれても、ジャイアント馬場個人の事を思って下さる方々のお力を借りて、無事終えたいと思っています。

 2月7日からチケット発売し、多くの方にお申し込み頂き本当に嬉しいです。
1年先の事なのに……と矛盾した気持ちです。でも北海道の方から申し込みを頂くと来年2月雪が降っていたら大変だナ。どうして東京まで来られるのかナ――と心配したり一枚一枚のチケットに思いを寄せております。

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