「気まぐれ日記」No.3 パチンコ(2003/08/11)
今、街のパチンコ屋さんに、馬場さんの台があるのはご存知でしょうか? 5月27日からお店のほうに登場しています。先日、お盆の時期に1台、「自宅用に」ということでいただき、さっそく遊んでみました。『王者の魂』が流れた時にはビックリしましたが、プロ野球選手時代の馬場さんはじめ、いろんな姿を見ているうちに、時間が経つのを忘れてしまいました。
昔、実際に馬場さんと何回か、パチンコ屋さんに行ったことがあります。お店の人が気を使って、いきなり箱いっぱいの玉をくださるのですが、馬場さんは絶対にそれを使おうとはしませんでした。でも、周りの方が足もとに玉の箱を積み上げているのを見ると、馬場さんとしてもそれをマネしてみたかったらしく、一緒に行った私たちに「とりあえず、いっぱい玉を買ってこい」と言うのです。みんな、困ってしまいました。
おもしろいことに、普段からパチンコ好きでよくやっている方たちが負けるときに限って、馬場さんも私も勝つことが多く、2人で「やった、やった」とニコニコでした。
もうひとつ、馬場さんのギャンブルと言えば麻雀です。私に麻雀を教えてくれたのも、馬場さんでした。最初、私は見ているだけだったのですが、待ちくたびれて怒り出すことがあったので、馬場さんが仲間に引き入れたわけです。
待ちくたびれるといえば、こんなことがありました。馬場さんは自宅にお友達を呼んで、麻雀をやることが多かったのですが、平日の場合、夕方の6時以前は絶対に始めません。これは午後6時まで、会社で社員の人たちが働いてくれているからです。戦いのゴングが鳴るのは、私が作った夕食を、メンバー4人がそろって食べてからでした。時には、その順番が入れ替わって、食事が夜の10時、11時にずれ込むこともありましたが、そのときも麻雀をしながら食事を取るのではなく、みんな必ずテーブルについてくれるので、食事を作るのもまた楽しいものでした。
ただ、一度だけ、私が怒ったことがあります。季節は秋。珍しく、馬場さんから「サンマが食べたい」というリクエストがありました。私は「麻雀のタイミングを計りながら、サンマを焼くのはちょっと大変だなあ」と思いながらも、食事の時間が来るのを待っていました。でも、その日に限って、なかなかお呼びがかからず、ついにシビレを切らして11時ころ、食事の時間を尋ねに行ったのです。すると、そのとき負けていた人が「食事どころじゃない!」と。サンマを焼くタイミングを計っていた私は、もうプリプリです。結局その後、馬場さんに「悪かったね」と言ってもらったので、食事の用意はしましたけど。
麻雀にまつわる思い出はたくさんあるのですが、もうひとつご紹介しましょう。若いころの馬場さんは、朝まで卓を囲んでいてもへっちゃらで、ついにはお友だちのビルの屋上に麻雀部屋を作り、誰にも気兼ねせずに遊んでいました。ただ、ひとつ困ったのは朝食です。夜は出前を取ることが可能でしたが、朝食は私が作って、そのビルまで運びました。おなかがすいても、決してやめようとしないので、体のためによくないと思い、私が配達したわけです。
また、馬場さんが赤坂の麻雀店で遊んでいたときのこと。夜、私が迎えに行ったのですが、待ちくたびれてお店の中で寝てしまいました。すると、馬場さんは「起こすのが気の毒だったから」と、朝まで「ポン、チー」です。結局、私たちは近くのホテルで朝食を取って、自宅に戻りました。
そういうとき、馬場さんは家に戻ると、すぐに寝てしまうのですが、十分に睡眠を取ったあと、決まってマンションの地下に行って練習をしていました。そして、ひと汗かいて、お風呂に入ると「最高、最高!」と、もうニコニコでした。こんな生活、体によくないことだったかもしれませんが、まあ毎日のことではないので、ストレスがなくなって、プラスマイナスゼロだったかなあと思っています。
今、自宅にあるパチンコ台を見ていると、「もし、これが馬場さんが元気だったころにあったら、どんな顔をしてやっていただろう」と思い、私はそれを想像するだけで笑ってしまいます。きっと、ゴルフ、麻雀と並ぶ、ストレス解消法になっていたことでしょう。
皆さんも、ぜひ一度、馬場さんのパチンコ台で遊んでみてください。

