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必殺技エピソード

[2006年07月29日]

G・馬場必殺技エピソード

ここではジャイアント馬場が繰り出す有名な必殺技はどうやって生まれたのかご紹介します。

16文キックはどうやって生まれたのか?

16文キック

ジャイアント馬場の代名詞「16文キック」は、1962年の初めてのアメリカ修行時代に、試合でロープの反動で向かってくる相手に、とっさに左足が出たのがきっかけとなったもの。ただ、G・馬場自身はこれは技と呼べるほどの物ではないと思っていた。しかし、日本で16文キックが有名になってしまった為、1964年末の海外遠征の時にロスで空手道場を開いていたジョージ土門に蹴りを教わるようになり、自分から踏み込んでいくようになってからは自信をもって16文キックを出せるようになったという。

16文から32文ロケット砲へ・・・

32文ロケット砲

1964年末海外遠征の時に、ジョージ土門に空手の蹴りを教わって16文キックに自信を持ったG・馬場は、もしかしたらドロップ・キックもできるのではと思い始めた。運良くドロップ・キックの名手ペドロ・モラレスが練習相手となってくれ、1日でそのタイミングや受身などを体得した。日本での初披露は1965年1月8日の6人タッグ戦であった。この時は、試合会場にいた記者たちも、さすがに驚きを隠せなかったようだ。

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